• 「人を選びなさい」十代のころ、よく親から言われていた言葉であるが、当時の自分は、その時が楽しければ良いんだって気持ちの方が強く、悪い人達と行動を共にしていた。ある日、念佛宗で勤めている親戚から、こんなことを言われた「人は元々みんな同じなんだ、自分が良くなりたいなら良くなれる。悪くなりたいなら、いくらでも悪くなれるんだよ。今の自分を見つめてどう感じる?」こんな質問をされたが、その時は軽くながしてしまった。懲りずに悪さを繰り返し、ついに警察のお世話に何度かなる度、親の悲しむ顔を見てきた。段々と、親戚の言葉の意味が分かってくる様で、自分が嫌になってきたことを覚えている。念佛宗に勤めている親戚の教えもあり、悪い人達との関係も、徐々に無くしていき、悪い意味ではなく、人を選ぶようになってからは、自然と行いが良くなったことも事実だ。行いが変わる、周りの人達も変わる、自分が変わる、人生が変わった。あの時、念佛宗の教えが無かった場合、良くするも悪くするもであったら、悪くなっていただろう。

    得たものに残念がる無意味さを、念佛宗で知る

    同じことをしていても、人が違うことにより結果は変わる。当時それに対して、私は羨ましがり、自分なんてどうせできないだろうと、自分の批判ばかりが癖づいていた。うらやむ心の部分を、念佛宗のサイトで読む前の話です。私は美容師ですが、フリーのお客様でも、自分が切らせていただいた時の反応と、他のスタッフが担当した時の反応に、いちいち気にしてました。他のスタッフよりも、全然丁寧に上手に、早く仕事ができているのに、なんであんなに雑で遅いスタッフに切られた時の方が、嬉しそうな反応をとり、指名になっていくんだろう?疑問とジェラシーの連鎖です。もちろん自分にも、指名のお客様はいます。なのに嫌な気持ち。解消したくて、ふと念佛宗のサイトを見つけ読んでいる時、うらやむ心の部分の内容が、それぞれ人のタイミングで得るものは変わってくるけど、自分の得たものに残念がる必要は一切なく、得たものに対しての感謝の気持ちが、生きていく上で大切なのである。みたいな内容でした。確かに自分にも、指名のお客様は多数いるわけだし、そのことに対しての感謝の気持ちは、無くなっている感じになってました。念佛宗の言葉のおかげで、気持ちも楽になり、今まで残念がっていた自分の無意味さに気付くこともでき、勉強になりました。